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日志


8月24日

点が線に成る時

第27章 点が線に成る時

 BEATからの情報だと、彼のバンド、GHQはメンバー全員がアカシア出身だそうだ。それだけでも私にとっては接点が在るのに、リハーサルの時、とても珍しい事が起こった。

 

「じゃあGHQからメンバーを紹介しますね。先ず、ヴォーカルは俺、浦澤武、通称BEATです。次に、ギターの徳久和成さん。ベースの中田幸広さん。最後はドラムスの黒田大樹さん」

 BEATのメンバー紹介に、何故かチイちゃんが激しく動揺した。そして彼女の口から出た一言。

「お、お兄ちゃん!」

 えっ? お兄ちゃん? チイちゃんはベースの人に向かって言っている様だった。ベースの人、ナカタユキヒロさん。あっ! 中田!

「チーコじゃないか! 久しぶりだなあ、元気にしてたか?」

「何が元気にしてたよ! 連絡も無く、突然姿を消して、どれだけ家族が心配したと思うの?」

「チーコ、これは今話すべき事じゃ無い。後で納得の行く説明をするから。お互いの演奏に集中しよう」

 こんな偶然も有るんだ! 私はびっくりしてメンバー紹介をする事をしっかり忘れていた。慌てて英二さんがフォローを入れる。

「僕は田村英二と言います。お兄さんと感動の再会は中田千鶴子さん、SHAKE HANDSのヴォーカルです。キーボードは氷川麻美さん、僕のサポートもしてくれます。皆さん、今日は良いステージにしましょう!」

 

そして、GHQがステージに立つ。

「こんにちは! 山口から上陸して来たGHQです。今回はSHAKE HANDSの対バンとしてこのステージに立つ事になりました。演奏する曲は全てオリジナルです。お手ごろ価格でCD-Rの販売も演奏終了後行いますので、気に入った方は、家でもGHQのソウルを感じてください。それでは1曲目、PASSING SUMMER!」

 

 BEATが私に聴かせてくれたPASIING SUMMERは全てが電子音だったけど、生演奏だ

 

 

 

 

 

 

とこんなに格好良くなるものなんだと、正直驚いた。彼らは最高の前座になってくれたと思う。チイちゃんもお兄さんと何年かぶりに再会出来たみたいだし、彼らの福岡遠征は大成功だったと思う。ああ、音楽っていいな! さあ、次は私たちのステージだ。BEATにも驚いてもらわないと気が済まない。行くよ、チイちゃん。SHAKE HANDS史上最高のステージが、今幕を開ける。

8月23日

対バン上等!

第26章 対バン上等!

 アサミからの対バンの誘いは、GHQのメンバーの士気を一気に高めた。特にギターのカズさんは、練習して来た時間は長いが、ライブの経験が一度も無かった為か、今回の企画に一番気持ちを注いでいる様に見受けられた。

 そんな想いは他のメンバーにも伝播して、週に一度のスタジオ練習に集まる度に、俺たちはその実力を上げて行った。

 演奏する曲は3曲、カズさんがそのリフに感動した「PASSING SUMMER」、ナカタさんがメンバー入りを決めた「旅立ちの夏」、そして新たに俺が書き下ろした「空ヲ想フ人ノ詩」。それぞれが、デモテープを聴きながら、自分の担当するパートの完成度を高めてゆく。

 遅咲きの新人、黒やんこと大樹さんは、アパートでパタパタスティックを振り回す(雑誌をガムテープで重ね、スネアドラムに見立て叩くと、パタパタという音がする)のは近所迷惑だと考えて、アカシア退院後は、よく浦澤家の門をくぐった。勉強部屋に置いてある消音パット付きのドラムセットは、俺が現役でドラムスだった頃よりも多く、そのショットを受け止めたかも知れない。

 大樹さんはカズさんの事を徳ちゃん(カズさんのフルネームは徳久和成)と呼び、俺が知らないカズさんの素顔をいろいろ話してくれた。

 

ナカタさんは元バリバリのコンピュータ技師で、東京にマンションを持っていた時期も在り、今もインターネットを通じて個人会社を経営していらっしゃる様だ。それでも練習はきちんとやってくださっていて、メンバーに迎え入れた事を後悔した事は一度も無かった。しかし、PASSING SUMMERを気に入ってくださっているかどうかは、製作者側からはちょっと怖くて聞けなかった。

 

 肝心な俺の歌唱力だが、ビブラートもかからなければ、声量も無く、腹筋も弱い。全く努力が足りない次第である。しかし、俺のしたたかさは、将来楽曲が認められれば、専属のボイストレーナーくらい付くだろうと勝手に想像していた。実際、そんな感じでは無いのだろうか?

 初のライブ、福岡遠征。普通に考えたら怯え腰になってもおかしくない状況だが、メンバーは誰一人として、出演を取り消そうと言い出す人は居なかった。それどころか、MTRを駆使して購入したCD-R、50枚にオリジナルを3曲収録して、その場で販売しようという案まで飛び出した。

 

 

 

 

 

 そして、時は流れた。俺たちは本当によく練習したと思う。たかが3曲、されど3曲。きっと、聴衆の心を掴んでみせる! いざゆかん、さあ福岡上陸だ。
8月22日

宴の夜

第25章 宴の夜

「かんぱーい!」

「いやあ、みんな最高だったよ! エイちゃんさん、後でサインくださいね!」

「さん付けなんていいですよ。直哉さん、今日はお忙しい中、ありがとうございます! アサミちゃん、輝いていたでしょ?」

「はい! はっきり言って惚れ直しました。麻美、次も必ず聴きに行くからな」

「ナオヤ……ありがとう! 私なんてまだまだだよ。今日の声援は英二さんとチイちゃんに向けてなんだから」

「でもさ、アサミコール起こったじゃん。俺も叫んだんだぜ、少しでも背中押してやれる様に」

「良かったね! アサミ。ナオヤさんは楽器とか出来ないんですか?」

「うーん、音楽は嫌いじゃないんだけどね。中・高とサッカー漬けで、今はバイト三昧。演奏するどころか、CDを聴くゆとりさえほとんど無かったよ。だから、今日はすごく新鮮だった! 麻美、良い人たちに巡り会えたな。この出会いを大切にしろよ」

「えっ? あっ、うん、私もそう思っているから。英二さん次も有るんですか?」

「次かあ、やるとしたら新曲が欲しいし、対バン(他のバンドと一緒にライブを主催する事)とかやりたいな」

「対バンですか……。私、当てが有ります。後で連絡してみますね」

 

「題名:初舞台が終わりました」

「本文:BEAT、音楽って最高だね! 今日、それを再認識しました。ねえ、BEAT、福岡に遠征して来れない? 今、対バンを探しているの。確かドラムの人がアカシアを出て、メンバーが揃ったんだったよね。3ヵ月後でも、半年後でもいいから考えておいてください」

 

「受信:1件」

「題名:バージン消失」

「本文:初のライブハウスでの演奏、お疲れ様!メールを読んだ印象では大成功だったみたいだな。対バンの話、喜んで受けるよ。ただ、2ヶ月待ってくれ。皆、ブランクの在る人ばかりだから、調整に少し時間をもらうよ。アサミたちがジェラシーを抱く様な最高の

 

 

 

 

 

 

パフォーマンスを約束します。俺は絶対に約束を守る男、それはアカシアで証明したはずだろ? ああ、楽しみだ! 本当に音楽って最高だな!」

8月21日

遅れて来た最後の戦士

第24章 遅れて来た最後の戦士

 ついにこの日がやって来た。黒田大樹さんの退院日。すぐには無理だが、1週間もすれば、社会生活のリズムを取り戻し、コンタクトが取れる様になってゆくだろう。

 カズさんの話だと、大樹さんは、再来週の金曜日に一同に会したいらしい。ナカタさんの都合を聞いてみる。大丈夫との事だった。

 

ピンポーン! ピンポーン!

「はい、浦澤です」

「徳久ですけど、武くんはいらっしゃいますか?」

「あ、僕です。今、玄関開けますね」

 

 玄関の前には見慣れた顔が3人在った。カズさん、ナカタさん、大樹さん。

 うん? 大樹さんを何故知っているかって?彼はアカシア運営のイタリア料理店で働いていた時期が有って、エプロン姿のまま店の外で煙草を吸っている所を何度か見かけた事が有ったからだ。しかし、一応は初対面。丁寧な挨拶を交わす。

 

 浦澤家にはバンド時代に購入した、消音パット付きのドラムセットが勉強部屋に在って、それを大樹さんに見せると、おもむろに右手に提げていたソフトケースのファスナーを下ろし、スティックを取り出した。彼の目は、初めて三輪車と対面した幼児と同じ輝きを放っている。聞くまでも無いが

「大樹さん、叩いてみます?」

「えっ? あっ、いいんですか? って、スティック出してますもんね」

 

パンッ! トッ! パパンッ! トトッ!

 消音パット特有の乾いた音が室内に反響する。大樹さんは我を忘れて、15分間はドラムスとしての血をたぎらせた。

 今日はバンド名を決める為と、大樹さんを紹介してもらう為の招集。彼のアピールは充分に伝わったので、バンド名の決定について、機械的に思考を切り替える。

 大樹さんは

「自分は、主張する程の立場では無いですから」

 

 

 

 

 

 

 と、バンド名の立案は辞退した。しかし、多数決には参加してもらう。

 蓋を開ければ、4票全て獲得でGHQが正式なバンド名になった。こだわりは無いと言ったが、自分の案が満場一致で決まって悪い気がする訳がない。これからの自分たちを証明してゆく為に付けられた大切な名前。アカシアの戦士たちはついに拳を天高く掲げるのであった。

8月20日

今、再生の時

第23章 今、再生の時

 思えば、私が心の呼吸を出来なくなった理由は、何かを任されたり、誰かに頼られた鬱積から来ているはずだ。だけど、今は進んでステージの上で、伴奏という大役を担おうとしている自分が居る。

 今、私が立とうとしているステージに辿り着かせてくれた数々の想い。

 私を独りさせずにいつも支えてくれた、チイちゃん。

 音楽活動の幅を広げ、ひとときのときめきをくれた、英二さん。

 私の事を一途に思い、無償の愛をくれた、ナオヤ。

 不器用なりにも一生懸命私を後押ししてくれようとしてくれた、BEAT

 私をいつも心配し、また信頼もしてくれた、お母さん。

 心を癒し、優しい息吹を感じさせてくれた、アカシアの人たち。

 みんな、本当にありがとう! 私、やれるだけの事はやるから!

 

「エーイちゃん! エーイちゃん!」

 小さなライブハウスに反響する、エイちゃんコール。チイちゃんの話では英二さんのライブハウスでの実績はかなりのものらしい。

「じゃあ、行って来るね」

「頑張って!」

 チイちゃんは腕をブンブンと振って、口元をそう動かした。

 

「みんな、聞いて! 今日はゲストが居ます。路上にも顔出してくれている人は知っているかも知れないけど、この後演奏してくれるSHAKE HANDSっていうデュオのキーボード担当の、アサミちゃんです。僕のバックで演奏してくれるから、声援よろしくっ!」

 スポットライトが眩しい。顔を上げたら、客席のナオヤと目が合った。うわあ! 来てくれたんだ!

「アーサーミッ! アーサーミッ!」

 ライブハウスは一転して、私への声援。素直に嬉しい! こんなに快感な事、経験した事、有ったっけ?

 そしてライブは始まった。

8月19日

優秀なる右腕

第22章 優秀なる右腕

 一人宣伝部長・有紀ちゃんが、カズさんやナカタさんに俺の音源、PASSING SUMMERや旅立ちの夏を聴かせる事が出来た理由を述べておこう。

 俺の大学時代は、音楽とアルバイト、これに尽力して来た。音楽をするという事は、それなりに費用もかかる。スタジオ代は基本で、俺はドラムスだったので、スティック代、スネアドラム代、シンバル代……とにかく金がものをいうジャンルである事は間違い無い。

 そんな中、大変重宝する音楽機器と出会った。シーケンサーと呼ばれる打ち込み機器、YAMAHA QY70。様々な音を個別に入力して一斉に演奏させる事が出来る。これは作曲活動に大いに役立った。

 もう一つはMTRMUSIC TRACK RECORDER)という録音機器。これはシーケンサーと連結させて、録音した音源をCDに落とす事が出来る。勿論、生演奏だって録音可能だ。

 大学時代、一度もライブをしなかった、俺たちSUSIE BREADは、デモテープを作り、送るべきレーベルを探すという行動は取ろうとしていた。しかし、拓郎は他県の大学に通っていて3ショットの写真を撮る機会もなかなかなかったし、バンド経歴なんかも空っぽだ(両方とも書類審査に必要)。アピール性に非常に乏しかった為に、もう一歩前に出なかった俺たち。その後悔をアカシアに集う戦士たちで拭ってみせる!

 

 大樹さんとマメに連絡を取ってくれているカズさんの話によれば、退院は秒読み段階だそうだ。カズさんが入寮している援護寮とは違う、アカシア系列のアパートに入居の手続きをしていると言う。

 カズさんも大樹さんも俺の実家と同じ地区内、ナカタさんは少し距離が有るらしいが、自動車を有しているので問題無いみたいだ。

 いよいよGHQ(仮)の活動が本格化しそうな今、俺は2人にPASSING SUMMERと旅立ちの夏を収録したデモテープ(形式はCD)を送付して、各々が練習出来る環境作りを整えた。

 一方で路上で頑張っているアサミはもうすぐ、初のライブハウスでの演奏が控えている。恋路もひと段落し、音楽に精一杯打ち込んでいるアサミ。なんとも微笑ましいではないか。俺は当然の様に彼女の成功を願う。彼女もまた、アカシアの名の下で心の傷を癒した戦士なのだ。その奮闘振りは、いかなるものか?

 

8月18日

GOOD NEWS

第21章 GOOD NEWS

 ブルルルル、ブルルルル。

「あっ、ごめん! ちょっとメール見るね」

 聴衆が誰も居ないからいいものの、路上ライブ中に中断してメールを確認するのはどうなんだろう? だけど、マナーモードにしてる所は評価してあげないと。

「ちょっと! これっ! すごいよ! 見てよ、英二から」

 

「受信:1件」

「題名:GOOD NEWS

「本文:千鶴子、頑張って歌ってるか? 今日は行けなくてごめん! 事務所でちょっとした会議が有ったんだ。本題はここから。実は来月小さなライブハウスを事務所が借りてライブするんだけど、千鶴子もアサミちゃんと一緒に出てみないか? BABBLE BATH、ヒスイ、GOOD DREAMER、3曲有れば充分だから」

 

「うー、どうする? アサミ」

「どうするって……受けるに決まってるじゃない。これはチャンスよ。私たち二人だと、なかなかお客さんの足を止める事が出来ない。その場を借りて、精一杯アピール活動しようよ! チイちゃん、今日は30分延長。喉がかれるまで歌って、お願い!」

 

 こうして私たちの大きな目標が出来た。私が自信を持てる様に、英二さんは出来るだけ多くの路上ライブに付き合ってくれた。聴衆も、やはり彼が居ると自然に集まって来る。

 そうだ! ナオヤを招待しよう! まだ日にちは有る、1日くらいアルバイトの無い日を作ってはもらえないだろうか?

 同棲して、鬼(鬼塚ちひろ)の曲を一緒に聴いて来た仲だ。私の音楽性を、ナオヤはきっと理解してくれるだろう。

 チイちゃんは、路上の気楽さ(聴こうが去ろうがこっちの知った事ではないというスタンス)に慣れてしまっているので、わざわざライブハウスまで足を運んで純粋に音楽を聴きに来るという事に、多少戸惑っている様子だった。でも心配しないで! 自信を持っている時のあなたの声は本物だから。

 肝心なのは私の演奏。自宅のアパートでも、路上ライブでも、何十回、何百回と弾いて

 

 

 

 

 

 

来た実績は確かに在る。とにかく、いい感じに進行している音楽の雰囲気を壊してはいけない。最近は英二さんがギターでコードを奏でてくれるから演奏自体はおかしな事にはならないが、音楽番組なんかでプロが演奏をミスするという事例は、まず聞いた事が無い。私の集中力いかんが試される時だ。

 そして時間がながれてゆく。本番まで、あと1週間。

8月17日

夢が形になってゆく

第20章 夢が形になってゆく

 アサミの恋路がひと段落着いた所で、音楽活動に話を戻そう。カズさん加入後の俺のバンドは新メンバーをどうするかという壁に直面していた。楽器屋に求人ポスターを貼ってもらうか? それとも俺がヴォーカルとベースを兼任するか? 今までが順調過ぎたせいか、先に待つ不安に怯え腰になってしまいそうだ。

 そんな時、いつも助けてくれるのは一人宣伝部長・有紀ちゃん。彼女は、とにかく俺のデモテープを片っ端から友人、知人に聴かせて回ってくれた。そして、その撒き餌に誘き寄せられた獲物を一名捕獲! 彼の名前は中田幸広。ナカタさんはなんとベース歴10年、有紀ちゃんが聴かせた俺の脱力系の一曲「旅立ちの夏」を聴いて

「パンクしてますね! これを僕に弾かせてください!」

 と、メンバー加入に積極的に応じてくれた。

 大樹さんの退院を待てば、事実上、一つのバンドがこの世に誕生する事になる。俺たちは演奏すべき曲が、幸いにも何曲か既に存在している。足りないモノ、それはバンド名だった。

 カズさんの提案、HAWK-EYE

 ナカタさんの提案、ドルナドクマ

 俺の提案、GENERAL HEADQUARTERS

 各々に意見は有るようだ。HAWK-EYEは直訳すると鷹の目という事になる。なるほど、響きは決して悪くは無い。但し、イマイチ、インパクトに欠ける気もする。

 ナカタさんのドルナドクマはマクドナルドを反対から呼んだらしい。事実、高校時代、少し短くしたドルナという名前で実際にバンドを組んでいたらしいから思い入れが強いのもうなずける。

 俺のGENERAL HEADQUARTERSは格好良く略せる名前は何か?という観点から見て、GHQ、これはいかなるものかと思い立った。

 俺はそこまでバンド名に固執していなかった。まだ全員揃った訳でも無いし、満場一致で決まる名前が出て来るまで、アイデアなんて叩き潰して行けば良いのだ。

 取り敢えず、ナカタさんが惚れ込んだと言ってくれた、「旅立ちの夏」を形にして行く事にした。俺はこの曲の作詞・作曲者なのだからやるべき事は音探しのサポートぐらいだと甘く考えていたが、お世辞にも上手とは言えない歌唱力を、少しでも聴衆の心に届く様に努力する事を自らに課した。

 

 

 

 

 

 

 大学時代を回想する。SUSIE BREADというバンド名で活動していた俺たちは、環境に恵まれず、結局一度もライブをする事無く解散してしまった。ヴォーカルの邦和はメロデーセンスが有ったし、ベースの拓朗は相当の腕前だった。俺たちはオリジナル曲もそれなりに有していて、独自の世界観を表現出来る立場に在ったが、邦和も拓朗も、趣味の範疇を越える事は無かった様だ。

 今度はどんな活動記を刻めるだろう? アカシアの名の下へ集う同志よ、夢を抱き、今羽ばたこう!

2人で力を合わせて

第19章 2人で力を合わせて

 チイちゃんを裏切るという暗躍をしなかったお陰で、私は自然に英二さんと友達として距離を縮めて行く事が出来た。今では同じ場所で路上ライブを行い、私の演奏の時は英二さんのギター、英二さんの演奏の時は私のキーボードが加わる様になった。

 チイちゃんは日増しに歌が上手になり、今じゃ自信に満ちた表情で私の紡いだ歌詞をメロディーに乗せてくれている。英二さんの固定のお客さんの方がきっと多いのだろうけど、私たちの路上ライブには十数人の聴衆が足を止めてくれる様になっていた。

 

「アサミちゃん、千鶴子に渡した歌詞をじっくり見させてもらったよ。正直、俺が目指しているラブリー・ポップという概念には通じていないけど、ここで一つ提案。合作というものを一度やってみないかい? アサミちゃんが詞を書いて、俺が曲を作る。もしくは俺が詞を書いて、アサミちゃんが曲を書く。どうだろう? 挑戦する気は有る?」

「あっ、はい! 私、歌詞の方がいいです。今回は出来上がった曲に私が歌詞を紡ぐという形でいいですか?」

「俺が先行か……。うん、いいだろう、やってみるよ。俺が、都合が合わなくて一緒に路上出来ない日が仮に有ったとしても、今から作ってゆく曲は自分の持ち歌と考えていいからね」

 

そんなやりとりが有った2週間後、英二さんが私の職場に一本のカセットテープを持って現れた。

「アサミちゃん、例の曲のデモテープが出来たよ。ラララで録音するのは初めてだったら変な感じだったけど、これに素敵な歌詞を付けてやってください」

「はい! 頑張ります! チイちゃんにはもう聴かせたんですか?」

「断片的にはね。自宅では余り鳴らせない。でも事務所のスタジオにこもると千鶴子、すぐに退屈しちゃうから、大体頭の中で構成して行って、昨日ササッとスタジオに行って来たんだ」

「じゃあ、フルで聴けるのは世界で私が初めてなんですね! なんか、嬉しいです」

 素直な感想だった。でも今考えたら変な意識を持たれたかも知れない。とにかく仕事が終わったらじっくり聴いて、溢れ出す言葉を全部残らず書き連ねて行こう。丁寧に紡ぐのはその先の作業だ。

 

 

 

 

 

 

曲を聴いた感じ、朝というよりは夜、躍動感というよりは静寂感というイメージだった。タイトルが決まった、GOOD DREAMER、これで行こう。

歌詞はBABBLE BATHやヒスイのイメージを引きずらず、ラブリー・ポップと呼んでも悪くない様な仕上がりになったと思う。英二さんが気に入ってくれたらいいんだけど……。

 

「うん……うん、うん! これ、いいじゃん! この優しい感じは俺より千鶴子が歌った方がいいかもね。帰ったら早速千鶴子に歌詞を見せてみるよ」

 良かった、大仕事をやり遂げた心地だ。大変だったけど、どんどんこういう事やって行って、チイちゃんの事も、英二さんの事も好きになって行きたい。

8月15日

彼女が出した結論

第18章 彼女が出した結論

 アサミが路上を始めたっていう事実だけで、俺は大いに驚いたものだが、今度は二股の瀬戸際で悩んでいるという。直感的、本能的に生きて来た俺にとっては、瞳を閉じて、最初にまぶたの裏に焼き付いている方を大切にしろ!としか言えない。

 アサミとナオヤさん、2人が築いて来た5年間、否、幼馴染って言っていたからお互いを知るようになって10年は経過しているかも知れない。そんな2人に訪れた一つの転換期。俺がナオヤさんだったら、愛情が冷めたとかそういうレベルを通り越して、恨みという感情が芽生えるだろう。しかし、本能がうかがい知る所は、最初に顔が浮かんだ方を選べと、いい加減な事を言っている。そもそも相談する相手を間違えていないか?

 よし、それならあれやこれや妄想してアサミの気持ちに近づく努力をしてみよう。もし、このまま絵美ちゃんといい感じになって、2人の未来図を描こうという所まで事が進んだのに、完璧な楽曲を引っ提げて、表情も自信に満ち溢れて美しさが増したアサミが現れたら、この関係性はどう変化するだろうか?

 先ず、有り得ないのは、俺と絵美ちゃんがいい感じになるには、世紀末の大予言が的中するくらい確率が少ないという事。現在は空を飛ぶ車や、本物のドラえもんが存在してはいないが、紛れも無く21世紀。世紀末など何事も無く過ぎ去って行ったのだ。

 アサミがすごい楽曲を引っ提げるという事実は、それよりかはまだ断然、現実味を帯びていると思う。ジョンがヨーコを愛した様に、アーティストという肩書きを欲せんとする人種は、「才能」という糸で結ばれるのかも知れない。

 以上の様な内容を、もう少し修飾語を加えて、タイピングが楽なパソコンから送信した。

 

「受信:1件」

「題名:アドレスは聞きました」

「本文:真剣に考えてくれてありがとう。まぶたの裏には2人の顔が浮かびます。ナオヤとの関係は、やっぱり簡単には切れないと思う。だって知り合ってから3回しか嘘を付いた事が無いんだよ。それも、3回とも優しい嘘だった。英二さんのアドレスは勇気を出してチイちゃんから聞きました。夢を抱いて福岡に来た私を、温かい拍手と笑顔で迎えてくれたチイちゃん。裏切る事なんて出来ないよ。私もナオヤと同じで器用なタイプでは無いから、隠密に含み文なんて送れないと思う。送れるとしたら、多分、路上いつですか?とか、お仕事お疲れ様でした、とかね。BEAT、ありがと。私、強くなるから。いつか同じ音

 

 

 

 

 

 

楽番組で対談なんて出来たらいいね。それでは」

 

俺はパソコンから送信したメールは、もう一度内容を読み直して削除するという、一連の行動を必ず取る様にしている。ここで、自分の愚かさに気付いた。

なんという蛇行した文面、これではただ混乱させただけじゃないのか?今度からは送信する前にも、きちんと読み返そうと誓う、ある夏の終わりだった。

8月14日

携帯電話を変えた理由

第17章 携帯電話を変えた理由

 ピリリリリ、ピリリリリ。

「もしもし?あ、うん、路上。え?今日?別にいいけど。あ、ちょっと待ってね」

 私は電話を離し、チイちゃんに問いかける。

「チイちゃん、今夜私の彼氏の働いている居酒屋が特別招待客10%OFFなんだけど、来る?」

「行く行くー!電話は彼氏からなんだね」

「あ、もしもし。友達連れて行ってもいいよね?うん、うん、じゃあ7時に」

 

「アサミさあ、どうして着うたにしていないの?機械苦手だったりして」

「あ、さっきの着信音?実は契約を変更して2日しか経ってないんだ」

「そう言えば、アサミと連絡先、交換していなかったね。今から教えてもらっていい?」

「うん!いいよ。でもメールアドレスはまだ決まっていないから、また今度教えるね。チイちゃんのアドレスは登録しておくよ」

 

「いらっしゃいませ、2名様ですか?」

「あ、えーと、ここで働いている前田が予約した者ですけど……」

「ああ、直哉さんの。それでは3名様ですね。奥のお席にどうぞ」

 

「おう、いらっしゃい。麻美と飲むのは久しぶりだな。この人がチイちゃんさん?なんか変だね。本名を教えてよ」

「アサミにお世話になっています!中田千鶴子といいます。多分あたしの方が年下なので、呼び方は適当にお願いします」

「敬語なんていいって、チイちゃん。これでいい?まあ麻美が世話になっているみたいだから今日は俺が奢るよ。じゃんじゃん飲もうや」

 

「へえ、チイちゃん、麻美の曲を歌ってくれてるんだ。麻美、俺たちのアパートじゃキーボードの音出せないから、ちゃんとお前の曲聴いた事無いんだよな。なかなかバイトのシフトの関係で約束は難しいけど、時間空いたら路上に顔を出すよ」

「本当ですかあ?アサミ、時々、こぼしてましたよお。ナオヤさんはバイト三昧で、私に

 

 

 

 

 

 

全然構ってくれないって。どうなんですかあ?アサミを愛してますかあ?してくださいよっ!アサミにチューしたら認めますっ!」

「ははは……チイちゃん、完全に絡み酒じゃん。大丈夫!俺は二股かけれる様な器用な人間では無いし、麻美の事、ずっと大切にして行きたいし」

 ナオヤはこんなに優しいのに、ちょっと構ってもらえなかっただけで、私は大胆にも二股を成立させる暗躍を、着々と実行に移そうとしていた。

 全ては携帯電話の会社を変えた所から事は始まる。時を遡ること3日前、私は店長から英二さんが契約している携帯電話の会社名をそれとなく聞きだした。その会社は、わずか315円でメールも電話もし放題のプランが在る事で、最近注目を集めている。

 私はいずれ、チイちゃんにばれてしまわない方法で英二さんのアドレスを入手する事が出来るだろう。私たちは「音楽」という糸で結ばれているのだから。

 それにしてもナオヤがこんな一面を見せるなんて意外だった。口では上手い事言って、私の事なんて全然見てくれていないと思っていたのに。今ならまだ、携帯を変えただけ、それで終わる。どうしよう……こんな時、頭に浮かぶのがあいつしか居ない現実に私は少し切なくなった。ねえ、助けてよ、BEAT

最高のオーディエンス

第16章 最高のオーディエンス

 俺は、仲間内にCDをばらまいて、半ばお世辞丸出しの評論を聞いて自己満足に浸っていた。そんな中、わざわざ直筆で、俺の歌に励まされたと書いてくれた女の子が居た。彼女の名前は矢田部絵美子。絵美ちゃんとは余り面識が無く、曲だってアカペラで少し歌ってみせたぐらいだ。そんな彼女の気遣いに、俺は非常に気分を良くした。

 共通の友達の有紀ちゃんにアドレスを託して、メールのやり取りが始まった。絵美ちゃんはいつも感じ良く対応してくれて、俺はどんどん彼女の事を知りたくなって行った。絵美ちゃんは、カズさんと同じ援護寮に入るかも知れないと言っていた。という事は、条件さえ整えば、俺の家にも遊びに来れる訳だ。

 絵美ちゃんの魅力の一つは、的確な指摘に在る。あの部分の歌詞はこういう気分になれる、でもあの部分の歌詞は説明不足じゃない?と、作り手も気付かない様な発見を見出してくれる。これ以上に優れたオーディエンスがかつて居ただろうか。

 音楽の部分で分かり合える、これだけでも充分だったが、絵美ちゃんは自分が置かれている状況をなんとか良い方向に導こうと一生懸命だった。援護寮に入ろうとしたのも、家族との確執を冷静に解決して行きたいという、心の表れだと思う。こういう直向きさにも、俺はどんどん惹かれて行った。

 

そんな彼女の事を思っていた矢先、アサミから恋の相談を受けた。私には付き合っている人が居ます。知ってるよ、ナオヤさんだろ?でも他の人が気になってしょうがないの。おいおい、それって浮気じゃないか?その人は親友の恋人なの。うわ、最悪じゃん。恋のドロ沼とはこれいかに?ねえ、BEAT。どうしたらいい?

どうしたらいいか?その人の事を本気で好きなら、先ずナオヤさんとの関係を清算しろよ。それからは友情を取るか、愛情を取るか、になって来るんじゃないの?

アサミは真剣なんだと思う。そうじゃなきゃ俺になんかこんなメールを送ってきやしないだろう。しかし、俺は今純愛をしようかと意気込んでいる時だ。散々悩んだあげく、今ナオヤさんに足りないモノ、その人が持っている輝けるモノをよく整理するようにアドバイスをした。

 絵美ちゃんを思う気持ち、それと音楽活動はまた違う道を辿る。しかし、アサミの現状を受けて、今俺の恋路はどうなのかという事実関係は、きちんとしていた方が良いと考えたので、この様な形を取らせてもらった。

 

 

 

 

 

 

そういえば入院前に金銭面で大いに迷惑をかけていた彼女が居たが、諸事情が有り、入院期間が延びてしまったので、こちらから別れ話を持ちかけた。流石に友達の関係に戻りましょう、なんて綺麗に事は治まらなかったが、決して憎み合って別れた訳では無い。もっと俺に甲斐性が有って、入院などしなければ、この人との未来が拓けたかも知れないのだ。

 恋愛は時として一瞬で状況が変わる。5年以上続いた「絆」が、素敵な人と目と目が合った、その瞬間からいきなり運命は変わって行ったりする。それが良いのか悪いのかは、その領域に足を踏み入れた当人同士で決めればいい。忘れてはいけないのは、第三者の方が、冷静に状況を把握出来ている場合だって有る事。さあ、アサミはどう悩み、どう動くんだろう?

8月12日

その恋路に揺れて

第15章 その恋路に揺れて

 私がより高い位置を目指して音楽活動をして行こうと意気込み始めた頃から、チイちゃんの足取りがぱったりと途絶えた。そういえば、いつも路上で会えるからって連絡先の交換もしていなかった事に、今更気付いた。

 

 だけど、意外な場所でチイちゃんと出くわす。CDの感想を言いに行こうと、休憩時間に3階フロアに英二さんの姿を探しに行ったら、チイちゃんと楽しそうに会話している彼を見つけてしまった。

 私は、この時、ものすごく動揺した。ずっと付き合っていた人を親友に取られた、そんな感覚。勿論、この頃私は英二さんの音楽性に憧れていただけで恋愛感情には達してなかったが、相手がどうしてチイちゃんなの?と、思うと胸が締め付けられる様だった。

 私にはナオヤが居る。だけど、ナオヤはバイトが忙しすぎて、一緒の時間が極端に少ない。私との将来の為に働いてくれているとの事だったが、こんな時に声だけでも聞かせてくれる方が、私にはどんなに嬉しいだろう。とにかく、私は所在無く仕事場へ戻った。

 

 その日以来、心はぽっかりと穴が空いてしまったみたいだったが、頭はなんとか次の曲を作ろうとしてくれていた。タイトルは「ヒスイ」、また鬼の真似っ子と揶揄されてしまいそうだが、私にはこの路線で行くというポリシーが在る。

 翌日、DIARY BOOKに書いた「ヒスイ」の歌詞を見て、半ば絶句する。なんてネガティブな歌詞……これをチイちゃんが歌うのか?それとも私が弾き語り?どっちにせよ、この歌詞に乗る曲のイメージが全く湧かなかった。

 

 運命の水曜日、先週弾き語りしていた場所に、英二さんは居た。そして、当然の様にチイちゃんも。私は勇気を出して2人の間に入って行った。あいにく、私を含めた3人以外足を止める人は居ない。

 演奏が終わるのを待って、私は英二さんに直接聞いた。

「あのっ!CD良かったです……。特に、3曲目が。あのっ!ふ、2人は付き合ってるんですか?」

「ん、そうだけど。千鶴子、言ってなかったのか?CD、聴いてくれてありがとうね!」

「ち、チイちゃん、いつから?もう私の歌は歌ってくれないの?」

 

 

 

 

 

 

「そんな訳無いじゃん、英二との予定が無い日には顔を出すから。ごめんね、アサミ、早く教えなくて。アサミには高校時代からの彼氏が居るから、なんか言い出しにくくって……。だって逆ナンだよ?あたしの一目惚れなんだから」

 そういう事だったのか。私の心は万事解決、しなかった。なんだろう?この大切なモノを失った様な喪失感は。

 本来であるならば、祝福すべき親友の幸せ。だけど、私はこの恋路に揺れた。

8月11日

始まりはいつも

第14章 始まりはいつも

 援護寮と俺の家が近所という事が判明したので、翌日、早速カズさんと会う事になった。カズさんは予定より45分も遅れたが、爽やかな笑顔で玄関の前に立っていた。

 早速、腕前を披露してもらいたい所だが、カズさんがギターを本格的に弾く前に、必ずやっている事が有るという。それは、GLAYBE LOVEDの前奏部分で指を慣らすというものであった。これから幾度と無く繰り返される俺たちのセッションの、始まりはいつも、このBE LOVEDだった。

 有紀ちゃんがPASSING SUMMERを聴かせてそれ程時間が経過していなかったが、カズさんは既にサビのギターリフを習得しつつあった。これは嬉しい驚きだ。その日は何度も何度も、ギターリフに合わせてPASSING SUMEERのサビを熱唱するに至った。

 

 カズさんから、朗報が届いた。今は心身上の都合でアカシアに入院しているが、退院したらドラムが叩ける人を紹介してくれる事になった。その人の名前は黒田大樹、通称クロやんは相当のキャリアが在るらしい。

 これで後ベースが決まれば、俺を中心としたバンドが一応の形となる。時期尚早だが、バンドの名前でも候補を挙げて行きますか?という話にもなった。嗚呼、未来はなんて開けているのだろう。

 カズさんとは3日に1回のペースでセッションを繰り返した。そんな活動の最中に、カズさんから歌詞を預かった。タイトルは「JOKER IS @ RAINBOW」。俺はこの歌詞を削ったり、付け足したりしながら一つの形にまとめて行った。勿論、曲が有っての創作だ。

 結局、カズさんの歌詞はサビの1フレーズしか原型を留めていなかった。曲を意識せず、自由律に書き進めると、否応無しにこういう結果になるのだ。カズさんは曲の完成を喜んでくれたし、また次も共同作業で頑張ろうと、意欲まで見せてくれた。なんとも嬉しい限りである。

 俺は幸せだった。就職という壁にぶつかり、自分を見失っていた、あの頃。二の足を踏む事だって充分に有り得る。しかし、夢を持たず、人生をどう生きよう。挑戦するべきものが在るのなら、全力で挑むのが筋ってやつだろう。

 一度経験した失敗を教訓に出来るかどうかは、慎重かつ大胆な行動力で図られる。俺は負け組みなんかじゃない!見上げた青空は、秋の到来をほのかに予感させた。

 

 

 

 

 

 

 

JOKER IS @ RAINBOW

臆病者と笑われるけれど

時として「切り札」に成り得るのさ

 

澄み渡る青空に架かる橋

七色にはそれぞれ意味が在る

 

君の為ならなんだって出来る

信じてください 4つの紋章(エンブレム)を胸に刻んで

 

JOKER IS @ RAINBOW

その色とりどりの羽根で

 

JOKER IS @ RAINBOW

有り余る勢いで飛び回れ

 

JOKER IS @ RAINBOW

心に咲き誇る花で

 

JOKER IS @ RAINBOW

誰にも無い輝き放て

8月9日

上を目指す人

第13章 上を目指す人

 チイちゃんがヴォーカルを申し出てくれた頃から、私の音楽活動は好転して行った。と、言うのも、おしゃべりなチイちゃんが、私が働いている雑貨屋の店長に自分が歌を歌っている事を自慢したら、店長から

「このデパートの3階に音楽事務所に所属している人が兼任で働いているらしいよ」

 という話が持ち上がったのだ。音楽事務所に所属、きっとすごい曲を書いているんだろうな、会ってみたいな。始まりはこんな感じだった。

 チイちゃんも気になったらしく、店長にしつこく質問攻めしていたら

「だったら彼が休憩中に降りて来る様に、今からメールしておくよ」

 と、折れてくれた。

 

 14:30、その人は私たち3人の前に現れた。精悍な顔立ち、でも優しい瞳。私はナオヤという最愛な男性(ひと)が居るのに、少し心が揺らいでしまった。ダメよ!アサミ。この人の事、何も知らないじゃない。

 名前は田村英二、皆からはエイちゃんと呼ばれているらしい。地元の駅で弾き語りをしているから、聴きに来てくれませんか?と、誘われてしまった。

 流石に未熟者な私たちのデュオを紹介するのは気が引けた。おしゃべりチイちゃんが爆弾発言をしないかドキドキする。

 とりあえず、来週の水曜日、店長に早番(9:30~18:00)にしてもらい、英二さんの路上弾き語りを聴きに行く事にした。勿論、チイちゃんも動向させる。

 

 その日が来た。私の頭の中では、事務所に所属しているという事は、専属のスタッフが付いていて、いつでもレコーデングが出来て、CDをプレスするに至るというイメージが固まりつつあった。だけど、英二さんは路上で歌うんだし、デパートで働いている。

 プロに成るという事が、どれだけ大変な事かを気付けたのは、私の中で大きな財産となるだろう。その話はこれくらいにしておいて、弾き語りの感想を言いたい。

 英二さんは、オリジナル曲を4曲持っていて、どれも少しかすれた高い声質に合った、ポップ・ミュージックだった。演奏が終わって

「あ、あの!CDとか無いんですか?」

 思わず言ってしまったが

 

 

 

 

 

 

「ん、買ってくれるの?300円だけどいい?」

 と、優しく応じてくれた。

 

 私には英二さんという眼前の目標が出来た。先ずはこの人に追いつき、そしていつかはその上を目指さなければならない!曲を書こう!私の内側から熱い感情が込み上げて来るのを全身で感じた。

後ずさりな俺

第12章 後ずさりな俺

 アサミからPASSING SUMMERの感想が返って来た。夏にはピッタリ、でも私の目指している音楽性とは違う、か……。いつになったらこんな戯言やめられるんだろう。仲間内に半ば強引に送りつけて、そこそこの反応をもらいながら自分を納得させている。

 よし!思い切ってレコード会社に送ってやるか!と勇んでいると、パソコンが1通のメールを受信した。藤岡有紀ちゃんからだった。

 

「受信:1件」

「題名:蝉オーケストラ!」

「本文:BEAT、お久!CD届いたよ。ユキが感じたのは、蝉の大合唱ってイメージだった。あの曲、ユキは気に入ったから友達に聴かせたのね。そしたら、その子、BEATとバンド組みたいって言い出して……。今、ギタリストって必要?」

 

 うわ、なんというタイミング……。ギタリストか、一緒に音楽出来るって今の俺に貴重な体験だよな。まだ見ぬその人の才能に賭けてみるか。

 

「題名:大歓迎!」

「本文:必要です!でもその人と会える距離なのかな?俺、遠出が出来る環境では無いんだけど……」

 

「受信:1件」

「題名:住所を見たら安心」

「本文:大丈夫!トクちゃん、あ、その人徳久和成っていうんだけど、アカシアの援護寮だから。BEAT、アカシアと同じ地区だったよね?きっと歩いて行ける距離だよ」

 

 徳久和成さん、実力はいかほどなのだろう?不安と期待が交錯する。有紀ちゃんに俺の電話番号を言付けて45分後、彼から電話が有った。声は低く、どこか陰を帯びている。

「はい、浦澤です」

「あ、どうも、徳久です。ユキちゃんから少し君の話を聞きました」

「ええと、どういった所まででしょうか?」

 

 

 

 

 

 

「先ず、フルネームは浦澤武くんで合っているかな?ニックネームはBEATだよね?PASSING SUMMERを聴かせてもらったんだけどあれはすごいよ!是非、ギターで弾いてみたいと思いました」

「あ、ありがとうございます!あのー、僕の事は適当に呼んでください。皆からは先程徳久さんがおっしゃっていた様にBEATって呼ばれています。それで、僕はなんと呼べばいいでしょうか?」

「そうだね、カズでいいよ。浦澤くんの事はそのまま呼ぶ事にするから」

「分かりました!僕はカズさんって呼びますね。では早速本題ですが、カズさんはギターを弾き始めてから何年くらい経つんですか?」

「ギターねえ、6年くらいかな?少しブランクは有るけど」

「ライヴ経験なんかはどれくらいですか?」

「恥ずかしながら1回も無い。ドラムがね、見つからなかったんだ」

 そんな話を15分くらい続けた。気持ち後ずさりな俺は、カズさんという新しいパートナーを従えて、社会に進出して行けるだろうか?

 アサミ、これで俺たちは互角だな。アサミは、それ以上メンバーは必要無さそうだけど、俺は必ずバンドを結成してみせる!アカシアの戦士たちは、こんなにもたくましいんだって所を見せ付けてやろうぜ!

8月7日

本音は歌いたい!

第11章 本音は歌いたい!

「アサミッ!アサミッ!アーサーミッ!」

「……ちょっ、ちょっと、チイちゃん!今弾いてるでしょ!」

「ごめん、演奏止めて。アサミが弾いてくれる曲、切なくて、でも綺麗で大好きだけど、どうして歌わないの?」

「チイちゃん、普通分かるでしょ、歌わないんじゃなくて、歌えないの。ピアノ歴なんて路上しているのが申し訳無いくらいなんだから」

「えー!つーまーんーなーいー!じゃあさ、今日はキーボード無しで歌だけ歌ってよ。歌詞は有るんでしょ?」

「有るけど、伴奏無くて盛り上がるかなあ……」

 私は頭の中で歌詞を整理した。BABBLE BATH、アカシアの頃から温めて来た楽曲だ。

「じゃあ、歌うね。……わたーしのーはじーけたーさいーぼうー……」

 

「おおー!すっごくいい!ねえ、思ったんだけど、あたし歌っちゃだめかな?音痴だけど、アサミの為に練習するから」

「そっかあ……、誰かに歌ってもらうなんて考えて無かった。お願いしちゃっていいの?」

「もっちろん!あたしがアサミをエイベックスに入れてあげるよ。目指せ!第2のアユ!」

「……あのー、チイちゃん、私が尊敬しているのは鬼(ファンの間では鬼塚ちひろをこう呼ぶ)で東芝EMIだから」

「ちぇっ、アユの方が売れてるじゃん。まあ、曲調自体が鬼塚路線一直線だもんね」

 

 こうして、チイちゃんヴォーカル、私キーボードで路上活動が少しだけ前に進んだ。

 帰ってCDプレーヤーを再生する。中に入っているのはBEATが送ってくれたPASSING SUMMERだ。嫌いなサウンドでは無かった。でも私が奏でて行くジャンルとは余りにもかけ離れている。BEATもメンバーは就職したから、単身で宅録しているらしい。

 

「拝啓 浦澤武様

私もこういう挨拶は苦手、ってアカシアの時もそうだったけど、私は誰かの真似っ子ばかりだったよね。

PASSING SUMMER聴かせてもらいました。夏にピッタリな曲だと思う。でも、私の目指

 

 

 

 

 

 

している音楽性とはちょっと違うかな。

アカシアの時に見せた歌詞、覚えてる?ほら、BEATが一人を独りに変えた方がいいって言ってくれた歌詞。あれを今路上で歌っています。正確には友達がヴォーカルで、私が伴奏なんだけど。

また新曲が出来たら聴かせてください。私もいつかCDとか作れる様になるのかな?

では、冷たい物を食べ過ぎない様にね。                  氷川麻美」

 

 いつかCDかあ、……うーん、これからどうなるんだろう?チイちゃんだって、今はいいかも知れないけど、いつか社会へ歩んで行くんだろうな。私、本当に音楽でやっていけるかな。ダメよ、弱気じゃ。絶対掴んでやる!私はアカシアで生まれ変わったのだ。自信を持って行こう!

覚醒の衝動

第10章 覚醒の衝動

 アサミは、ピアノが弾きたいから見守っていて欲しいと言い出した。当然、その申し出を断る理由なんてどこにも無い。

 ピアノ、大きな挫折が其処に在った。ちゃらんぽらんに生きた23年間、しかし、夢を見てひた走った時代も在ったのだ。しかし、作曲という天に認められた者だけが紡ぐ事の出来るその芸術から、俺は尻尾を巻いて遥か彼方へ逃走した。

 アサミは切なくて美しい旋律を弾いてくれた。聞けば、鬼塚ちひろさんの曲らしい。アサミがリフレインしようとした時、俺は無謀にも自分にも弾かせて欲しいと言った。弾くと言っても、右手でメロディーを押さえて行くだけだったが。

 アサミは何かを感じ取った様だ。顔つきがあからさまに変わった。

 

 数日後、OTでカラオケというプログラムが有った。俺はアサミと組んで、SUGER SOUL feat KJGARDENSを歌う事にした。俺の担当は軽快なRAP、アサミはハイトーンヴォイスで歌い上げなければならない。

 アサミの歌唱力は抜群だった。この子は音楽をやっていくべきだ、そう思った。

「いやあ、ごめん!99って歌詞は、ナインティーナインって歌わないといけないのに、焦ってきゅうじゅうきゅうって歌ってしまったよ」

 決してわざとでは無いが、聴衆の前で強張っていたアサミの顔がほころんだ。

 

 それから2日1回のペースでピアノの有る体育館に足を運び、俺が、アサミが、これから何が大切なのかを確認し合った。

 二人の関係は恋仲になる事は無かったが、アサミは連絡先を渡してくれて、俺の前から去って行った。一方の俺も社会隔離には充分の時間を過ごしたと思う。

 さあ、社会に向けて折れた翼を掲げよう!

8月5日

取調べの果てに

第9章 取調べの果てに

 女の虚言はなんだったのだろう?YL店の事務所で、俺がメダルを拝借した男性から怒号を浴びせられ、警察官からは所持品から携帯のメモリーまで全て調べられた。思えば、彼女へのジレンマが原因だったのかも知れない。彼女は、年下でバイトもしてない若いツバメと付き合う事になったにせよ、金銭面で私に頼らないで欲しい、と思っていたのではないだろうか。

パチンコ店の内容は胡散臭くて犯罪だが、上手く行けば儲けになる。彼女に頼られる蓄えを、今すぐにでも手に入ると言う浅はかさが、事件の引き金になったのだ。

それから3時間以上にも及ぶ取調べが有り、当然両親も署まで同行した。俺はアカシアに入院歴が有ったので、精神の衰弱による善悪の判断の希薄性とかなんとか上手い事言って、前科一犯を免れたが、両親は俺の軽率かつ粗悪な行動に腹を立て、社会隔離という意味で、アカシアへの再入院を決めた。

 

 俺の過去の入院経緯は殊更話さないが、自殺未遂をしてしまった、とだけ言っておこう。今回はそう言った自己を追い詰める衝動では無く、非日常性が生んだ事件だっただけに、俺のアドレナリンはドクンドクンと放出をやめなかった。

 父は2回ほど俺の頬を叩き

「朝、昼、晩、座禅を組め!悟るまで帰って来るんじゃない!」

 と言い放ち、車へ乗り込んで行った。

 

 翌日、びっくりするほど可愛い女の子と出会う。中学生の朝倉雅の紹介で氷川麻美と出会った。アサミは俺のしょうもない下品な話に、相槌を打ち、時には白い歯を見せて笑ってくれた。俺は、アカシアの扉の向こうには付き合って4ヶ月の彼女が居る事を忘れそうな勢いだった。

 アサミ、そしてミヤビとはよく80円のジュースを賭けてポーカーをした。3人の中で一番強いのはミヤビ、調子の良い時は3回連続でフルハウスだった事も有った。その自動販売機は当たり付きで

「中に院長先生が入って居て、買う人の顔で当たりかどうか決めるから君らが押してよ」

 なんて冗談を言ったりもした。

 俺はとんでもなく馬鹿者で、あの忌々しい窃盗事件のあらましを、まるで武勇伝の様に

 

 

 

 

 

 

語り歩いた。当然アサミの耳にも入る。精神の衰弱と警察が折り合いを付けてくれた時

「ご丁寧に嘘八百並べて擁護してくれちゃって」

 なんて、思っていたが、あの判断は正しかった。少なくてもあの事件が起こってから3ヶ月(今思えば事件前も)、俺の言動は常軌を逸していた。多くの人を失望させ、また後ろ指を指されていたと思うとぞっとしてしまう。愚か者とは俺の為に作られた言葉だろう。

罪の重さを省みず、まるで集団合宿をしている陽気の軽薄人間・浦澤武は、ずるずると社会隔離の穴に落ちて行った。

8月4日

お縄頂戴!

第8章 お縄頂戴!

「う、胡散くさいよ!」

 俺は初対面の相手に向かってそんな言葉を吐き捨てていた。

「ですから説明を最後まで聞いてください」

「つーか、なんすか?道案内が必要なんじゃないんすか?」

「私はあなたにミッションをこなしてもらいたいんです。いい小遣い稼ぎになりますよ」

「さっきの説明からするとパチンコの玉を盗めって事でしょ?俺、捕まりますよね?あなたにリスクは有りますか?」

「立場を逆にしてもいいですよ。でもリスクが少ない分儲けも少なくなりますよ」

「……で、YLをターゲットにした根拠は?」

「あそこは大型店舗でしょ?シマに対する従業員の数が異様に少ないの。だからトイレ休憩、食事休憩の台を狙えば高確率でパチンコの玉を手に入れる事が出来るんです」

 

 その女が言う事は正しかった。ただし、パチンコよりもスロットの方が換金率が良い事くらいは知っていたので、メダルを速攻で頂戴した。

 すぐに換金するべきだった。そして、女を裏切り、儲けを全て自分の物にするべきだった。事もあろうに、俺は窃盗現場に居座り、「吉宗」というその当時大人気だった台に座って遊戯を開始した。

 大当たりが近い、「高確率モード」という状態に入ってすぐに、ポン!と、肩を叩かれた。

<ちっ!女が来たか。分け前は幾らだろう?>

 振り向くと、制服を着た男性が2人立っていた。そう警察官だ。俺の血の気は一気にすーっと引いて行った